『Nのために』の小説(ネタバレあり)を分かりやすく考察。犯人は?杉下は誰が好き?

※本記事は小説『Nのために』のネタバレを含みます
※本記事はプロモーションを含みます
※画像はAIによるイメージ画像であり、ドラマの『Nのために』とは関連はありません

目次

『Nのために』感想と解説

湊かなえさんの小説『Nのために』の考察です(小説の考察)。

この小説では全ての登場人物のイニシャルに「N」が付き、このタイトルのために

「Nとは誰か?Nは誰のために何をしたのか?」

読み手はここにフォーカスさせられます。よくあるミステリーなら事件が起きて特定の犯人は誰なのか?そしてその犯人の動機は何なのか?が浮き彫りになっていきます。

ところがこの小説はその特定の犯人よりも誰かが誰のために、そしてそれぞれが何を庇っているのか?という部分に着目してしまうのです。

ある意味では湊かなえさんのトリックのような部分を感じますね。

今回はネタバレありで『Nのために』の真実や私なりの考察をしていこうと思います。

応援してくださると嬉しいです

小説ランキング
小説ランキング

犯人は誰だったのか?結末は?

事件は野口貴弘と妻の奈央子が高層マンションの一室で死亡するというものでした。

結末から言うと、真実は妻の奈央子が野口を刺殺。そしてその後奈央子自身も包丁で自殺。本来なら被疑者死亡という結末で終わるはずでした。

ところがその場にいた杉下、西崎、成瀬はそれぞれある嘘をついていました。

嘘:野口貴弘が奈央子を刺殺。それを見た西崎が燭台で野口を殺害。

事実:奈央子が野口を刺殺。奈央子は自ら自殺。


嘘:外側のチェーンは掛かっていなかったと全員が証言した。

事実:外側のチェーンは掛かってた。


嘘:杉下と成瀬は同窓会以来会っていない。西崎と成瀬は初対面。

事実:杉下と成瀬と西崎は奈央子を野口から逃がそうと三人で計画していた。


嘘:杉下は西崎と奈央子が面識があることを知らなかった。

事実:西崎と奈央子は密会を重ねており、そのことを杉下に話した。

この3人の嘘に特別な矛盾はなく、西崎が懲役10年という有罪判決が下ることでこの事件は決着しました。

しかし、なぜ彼らはそんな嘘をついたのか?事実を探っていきます。

安藤はなぜチェーンを掛け、誰も掛かっていなかったと証言したのか?

第一の謎はなぜ安藤はチェーンを掛け、事件後3人ともチェーンは掛かっていなかったと証言したのでしょうか?

安藤がなぜチェーンを掛けたかは、実は明確な答えは見つかっていません。ただ、西崎が野口の高層マンションにいて、このように言われていました。

「以前、杉下が言ってた、究極の愛とは罪の共有だ、という話、あれは実話だ。その相手におまえも今日会えるから楽しみにしておけ、わりといいヤツだ」

作者:湊かなえ 出版:双葉文庫 引用:『Nのために』より

本来いないはずの西崎がそこにいて、杉下には実は愛している相手がいる。そんな事情が自分にだけは秘密にされている。そんな嫉妬から衝動的に外側のチェーンを掛けてしまったのかもしれません。

ですが、このチェーンがあるために、この悲惨な事件は起こったと言っても過言ではありません。

当初の3人の計画を見てみましょう。

・西崎は杉下が書斎で安藤を引きつけている間に奈央子を連れ出す。

・仮に失敗しても西崎が野口を引きつけ、成瀬が奈央子を連れ出す。

簡単に言うとこんな計画でした。

分かるとおり、この計画は奈央子を「外」に連れ出さなければ、杉下が足止めしようが、西崎か成瀬が連れ出そうが、外に出れなければ計画は達成できません。

もしあの時チェーンが掛かっていなければ野口が襲いかかってきても逃げることは出来たわけです。もし逃げ出せれば奈央子が野口を殺害することもなかったし、自殺することもなかった。

意図しなかったとしても、この計画の一番大切な部分を潰してしまったのは安藤であり、それにより悲劇が起きてしまったのです。

なぜチェーンは掛かっていなかったと全員が証言したのか?

この事件は杉下と西崎が話を合わせて野口が奈央子を殺し、西崎が野口を殺したという嘘によって終結しました。

もし、チェーンが外側から掛かっていたとなると当然警察は「誰が何のために掛けたか?」という疑惑にも触れることになるでしょう。

そうなれば矛盾が発生し、真実を話さなければいけない可能性があること、そして安藤にチェーンによって悲劇が起きたと思わせないためでした。

それは杉下と西崎がこれからの安藤のキャリアを考えてのこともあったのでしょう。成瀬もおそらく事件直後に2人に言われて口裏を合わせたのかもしれません。

3人は安藤のためにこのチェーンは掛かっていなかったと証言しました。

杉下は誰が好きだったのか?

最後まで本人の口から語られることがなかったのは、杉下は結局誰が一番好きだったか?ということです。

杉下は最後の一文にこのように綴っています。

わたしの人生に愛をくれた人たちーNのために

作者:湊かなえ 出版:双葉文庫 引用:『Nのために』より

複数形であることからも、文章を読むだけでは特定の誰かを好きという可能性は低そうです。なので、この小説に登場する「愛」の定義から考察してみましょう。

杉下の言っていた究極の愛とは「罪の共有」だと言っていました。

誰にも知られずに、相手の罪を自分が半分引き受けることなの。誰にも、っていうのはもちろん、相手にもね。罪を引き受け、黙って身を引く。

作者:湊かなえ 出版:双葉文庫 引用:『Nのために』より

では杉下は誰とこの事件において罪を一番共有したでしょうか?

西崎-今回の計画と真相を杉下と共有している。

成瀬-計画を共有しているが、真相は共有していない。

安藤-計画も真相も共有していない。

この理論から言えば、最も今回の事件の真相を共有しているのは西崎ですが、ある1点を除いては全ての真相を知っています。

そして「誰にも知られずに、相手の罪を自分が半分引き受けること」における究極の愛を実行したのは安藤に対してではないでしょうか?

今回の5番勝負で野口が勝ったら安藤は僻地に飛ばされる。それも杉下が野口のブレーンになったせいで。

杉下は本来野口を引き留め、その間に西崎が奈央子を外に連れ出す計画でした。しかし、阻止するために不倫相手の西崎が奈央子を外に連れ出そうとしていることを打ち明けてしまいます。

それこそが西崎すらも知らない杉下だけの1点の真相であり、それが安藤本人すらも知らない真実です。

「誰にも知られずに、相手の罪を自分が半分引き受けること」を杉下が最も実行したのは安藤に対してであり、安藤に対する究極の愛だったのではないでしょうか?

西崎は誰のために罪を引き受けたのか?

本来被疑者死亡という今回の事件を西崎はなぜ敢えて被疑者として裁かれたのでしょう。

西崎は奈央子のためということを口にしていましたが、一番はかつて自分が受けた「まちがった愛」から解放されたかったからなのでしょう。

「まちがった愛」というのは、暴力や虐待で相手を傷つけることを愛の証だと思い込むことです。西崎の母もかつて西崎にタバコの火を押し付けては、「愛してる証」などと言って虐待をしていました。

最終的に西崎の母はタバコの不始末が原因で焼死してしまいましたが、母親が死んだことで西崎はあの行為は母の愛であると文学に昇華し証明しようとしました。しかし、西崎自身もあの行為が本当に愛だったのかをずっと疑問に思っていました。

西崎の印象的な一文があります。

杉下や安藤についていけば、過去の自分が「かわいそうな子」であった事実を受け入れることができるだろうか。そのうえで新しく、現実世界の中で本物の愛を見つけることができるだろうか。広い世界という場所に、安藤が旅立ち、杉下が旅立ち、その後に自分も続けるのではないだろうか。そのとき、戻れる場所がここであったらいい。

作者:湊かなえ 出版:双葉文庫 引用:『Nのために』より

一度は奈央子と出会うことで「まちがった愛」を肯定してしまいますが、心の奥底では暴力という偽物とは違う愛を求めていたのでしょう。

そして西崎にとってこの野バラ荘での杉下と安藤と過ごした日々が最も心地よく、帰る場所と感じていたのかもしれません。それは決して食事と愛を求めオーブンに焼かれ続けるトリではなく、高いところに飛び立つ自由なトリであることを西崎が望んでいたからでしょう。

だからこそ「まちがった愛」のために誰かが死ねば、その愛を肯定することになってしまう。

奈央子が野口を殺したのは、野口を愛し、永遠のものにしたかったのか、それとも実は西崎を愛し西崎を守るために野口を殺したのか、真実は定かではありません。

しかし、過去の痣、そして愛による殺人を肯定することによって西崎は「まちがった愛」から永遠に開放されないと思ったのかもしれません。

だからこそ西崎が「復讐」としてこの事件を完結させることは、過去と今回の事件にある「愛」をきっぱりと否定するものだったのだと考えられます。

Nのために、はNのせいで、でもある

今回起きた事件というのは、そもそも殺意や計画性、憎しみなどとは全くの無縁の事件でした。

しかし、野バラ荘が売却されるかもしれないということから始まった今回の計画は、それぞれのNがそれぞれのためにやったことで起こってしまった出来事でもあります。

・あのまま杉下が野口を引き留めておけば、奈央子が野口を殺すことにはならなかった。

・もし西崎が安藤に余計な一言を言わなければ、チェーンを掛けることはなかった。

・もし杉下があの場にいなければ、奈央子は素直に外に逃げ出していた。

・もし成瀬が今回の計画にのらなければ、作戦自体は出来なかったかもしれない。

皮肉なことに、誰かが誰かのためにやった行動の1つ1つが人を死なせるという結果に繋がってしまったわけです。

Nのために、はNのせいで、とも言えるかもしれません。誰かのために何かをするというのは、同時に誰かを傷つけることなのかもしれません。

ですが、誰が誰を責めることもせず、それぞれが大切な人のことを考えた。それは間違っているとも、一概に正しいとも断定は出来ません。

客観的に見れば、殺人が起きたなら、その真相を全て話し、本当の事を話すべきだったのかもしれません。嘘をついてまで真実をねじ曲げ、誰かの罪を被ったりすることは世間的には許されないことなのかもしれません。

しかし、人間というのはそんなに単純なものではないと改めて考えさせられるのです。

ちなみに野バラ荘の管理人である野原のじいさんにも不思議な点がいくつかあります。

「希美ちゃんと西崎君はとてもよく似ている」

「トリというのは希美ちゃんのことかのう。」

この2人に共通点があるとなぜ思ったのか?そして身体に痣のない杉下をなぜトリだと思ったのか?

作中には野原のじいさんの心境を語る場面は一切無いので、一つの予測でしかありませんが、恐らく野原のじいさんは2人の抱える闇を見抜いていたのかもしれません。

そのうえで2人を引き合わせることでお互いの心に抱える闇に光を照らすことが出来るのではないか、と思ったのではないでしょうか。

ですが西崎と杉下が出会うことで野バラ荘を守るという計画を立て、そして野口と近づいたために今回の事件が起きてしまった。これもまた一人の「N」が2人の「N」のために、しかし「N」のせいで起きてしまったことなのです。

事件後、西崎のために部屋を残しておいたのは野原のじいさんの西崎に対する一つの贖罪なのかもしれません。

何を伝えたかったのか?

「真実を話すことは果たしていつも正しいのだろうか?」

「相棒」のような刑事ドラマなんかでは常にこんな事をよく言っていますよね。

「真実を真実としてさらけ出すことが大切だ」

「誰かのために罪を被ることは誰のためにもならない」

確かにそうかもしれませんが、前述した通り人間とはそんなに単純でしょうか?それでも誰かが誰かのために嘘をついたり、本当の事を覆い隠すのは人間であり、時にはそこに愛があるからなのかもしれません。

例えば貧しい国で誰かが食料を盗んでいるとして、それが飢えている家族のためだったら、あなたはそれを止めますか?ですが、もし止めなかったら盗まれた人の家族が今度は飢えてしまうかもしれません。

結局人間は誰かのために真実を言おうと、嘘をつこうと時には誰かを救い、誰かを傷つけてしまうものなのでしょう。

『Nのために』でも、確かに真実を話せば被疑者死亡で誰も捕まることはなかったでしょう。ですが、西崎の「まちがった愛」からは救い出せたでしょうか?

その人のためなら自分を犠牲にしてもかまわない。その人のためならどんな嘘でもつける。その人のためなら何でもできる。その人のためなら殺人者にもなれる。みんな一番大切な人のことだけを考えた。一番大切な人が一番傷つかない方法を考えた。

作者:湊かなえ 出版:双葉文庫 引用:『Nのために』より

それでも誰も傷つかない方法は無かった。それはまるで将棋のように、自分にとっての「王」を守れば時には捨て駒が出てしまう。でもそれは誰かにとっての「王」だったのかもしれない。

西崎は捕まったけど、西崎は炎の苦しみからは解放された。

安藤は本当の真実を知らずに苦しんでいた。でもお子様ランチの旗にある国に赴任してキャリアを守れた。

杉下にとっては、そしてみんなにとってもこれがこの物語に対する「最善手」だったのかもしれません。

あなただったらこの事件で最も大切な人が、そして誰も傷つかない一手は何だったと思いますか?是非自由に考察してみてください。

最後までお読みくださりありがとうございました。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次