
※本記事は小説「ザ・ロイヤルファミリー」のネタバレを含んでいます
※本記事はプロモーションを含んでいます
妻夫木聡さん、佐藤浩市さん、目黒蓮さん出演の競馬ドラマが熱くて面白い
今回は小説で話題となり、TBSでも放送された「ザ・ロイヤルファミリー」について自分の考えと考察をしてみようと思います。ドラマでは妻夫木聡さんや佐藤浩市さん、そして目黒蓮さんなどの豪華俳優が出演し、競馬を舞台に命を賭けていく物語。
小説も長いですがとても読みやすく、ドラマでもJRAや本物のジョッキーなどを乗せて撮影したという圧巻のドラマとなっていますね。
そして競馬という一瞬の競争に馬主や調教師、生産ファームなどのたくさんの人生や物語を垣間見ることが出来て、私のような競馬をほとんど知らない人も競馬の裏側だけではなく、たくさんの「想い」が存在していることが分かります。この物語は何を語り、私たちは何を学んでいくべきか、見ていきましょう。
世代を超えていくことの難しさと意義
私はこの物語のコンセプトを知らずに何となく、という思いで小説を読み始めたため、この小説が何を語り、何を教えてくれるかなどの情報は一切知りませんでした。なので前半はお互い派遣会社の社長であり、馬主である山王耕造の馬のロイヤルホープとそのライバルの椎名善弘のヴァルシャーレとの争いだとずっと感じていました。
そして山王耕造と椎名善弘の馬主人生を賭けたデッドヒートの果てに、山王耕造がライバルを破るというベタな展開を想像していました。ところが後半に移るにつれ、山王耕造はガンに冒され死去し、彼の遺した馬は隠し子である中条耕一に渡り、彼もまた馬主として活躍していきます。
そして椎名善弘の息子でもある椎名展之もまた馬主となります。こうして次の世代でもライバルとなった2人がそれぞれの持ち馬でもあるロイヤルファミリーとソーパーフェクトが意思を受け継ぎライバル対決をしていくのだと想像していました。ところが最後の有馬記念でその概念を覆す出来事が起こりました。
中条耕一が所有するロイヤルホープでもなく、椎名展之のソーパーフェクトでもなく、椎名善弘が所有していたビッグホープが最後の最後で一気に二頭を追い抜き優勝してしまったのです。そしてこのビッグホープが勝利することにこの物語の大きなメッセージがあります。
「ザ・ロイヤルファミリー」は継承という大きなメインテーマがあり、まさにその継承を象徴するものでもあったのです。とはいえ、子が親を超えて終わるというのではなく、「簡単に親は超えられないこと」を意味しているようにも思えるのです。
ビッグホープは椎名善弘の所有馬ですが、父は山王耕造のロイヤルホープ産駒の馬でもあります。さらにそのジョッキーにはかつてロイヤルホープに乗って活躍し、山王耕造の娘と結婚した佐木隆二郎でした。まさに「父」「前世代」というものに完敗するという締めくくりになったのです。
その父親達はどんな生き様だったのでしょうか?
傲慢だけど寂しくて孤独な山王耕造

まず山王耕造ですが、一言で言うととても義理に厚く、優しい人物。しかし好々爺というよりかはそれを表現するのが非常に不器用な人物という印象です。小説では語り手でもあり、秘書となった栗須栄二を拾ったのもまた彼でした。
「親父が死んで立ち直れなくなるような若い人間、俺は嫌いじゃないからよ」
そう言ってさりげなく栗須栄二を雇ったのも山王耕造の優しさでしょう。また、山王耕造には「馬ではなく、人に賭ける」という想いがありました。彼は馬主ではありましたが、馬を見る目があまり無く、馬を扱っている人で馬を決めるタイプでした。
ロイヤルイザーニャを購入した際も、そしてロイヤルホープを購入した際も牧場主の人柄や人となりを理解し、血統なども気にせず購入したりなど、とにかく「人」を見ていました。そんな人柄が多くの人を救い、慕われる男で、その優しさを馬だけが見透かしているかのように、暴れ馬だったロイヤルホープも彼にだけはすり寄っていくほどでした。
しかし、山王耕造はそんな優しさの裏に、傷つきやすく繊細な一面も多く存在していました。
「絶対に俺を裏切るなよ」
栗須栄二に放ったその一言のように、山王耕造は裏切りや自分から人が離れていくことを非常に嫌っているようにも感じます。彼は栗須栄二の入社が決まったときに当選馬券を差し出しました。その馬券を引き換えたら400万円だったという出来事がありました。
さらに栗須栄二が秘書になった際は、ゴールドのロレックスを与えるなどをしています。これは小説でもある通り、その行為が人が離れる原因となることが分かっていても、もので釣ってでも裏切られたくないという山王耕造のナイーブさを表しています。
「社長なんだから裏切られるなんて慣れているだろ!」と思う人もいるかもしれませんが、私からすると裏切りが慣れになる人もいれば、裏切りを経験する度にナイーブになっていく人がいる。山王耕造はまさに後者なのでしょう。
私も経営者という立場に立ったことはありませんが、近くで社長などのトップの存在を見ていると、裏切りや失望の連続だと感じています。その人のためと思ったり、良かれと思ってやったことが逆に相手を怒らせたり、人が離れていく要因になっていくということがあります。まして社長という立場であるほど、1つの判断で10人が離れていくということも起こります。
山王耕造も長年連れ添ってきた秘書の金城氏が横領していたり、何かと言うと週刊誌で彼のスキャンダルをすっぱぬかれたりして、裏切りや内外に敵を抱えている状況でした。もちろん彼自身の激情的な性格、見栄っ張りなところなどのネガティブな性格が表に出るところもあるせいでしょうが、内に秘める優しさとは別に、非情にデリケートで弱い存在でもあるのです。
椎名善弘という存在
一方でライバルの椎名善弘はどんな人物だったのでしょうか?彼は山王耕造とは違い、多くの情報はありません。ただ1つ言えるのは彼のスタイルは山王耕造とは真逆と言えるでしょう。
馬を見るのも血統や実績、財力を存分に使い結果を出せる馬を購入する。地方の馬よりもトレーニングセンターなどが充実している一強の北陵ファームで馬を買うというものでした。実際に会社経営も馬主としての実績も椎名善弘は山王耕造よりも上でした。
椎名善弘はあまり感情などを表に出すことはありませんでした。会社などの経営方針や彼のやり方は知りませんが、競馬と同じで、実績や数字を信じるタイプの人なのだと思います。山王耕造よりも何から何まで格上で、隙のないように見える椎名氏ですが、彼もまた悩みや葛藤も垣間見えます。
彼が息子の展之と言葉を交わしたときにこのような事を言っていました。
「ずっと上手くいかなかった人生の象徴が競馬だった。完璧な血統で、万全の体制を整え、素晴らしいジョッキーを起用して勝てると思っても、簡単に足をすくわれる」
それを息子は「ダセぇ」と一瞥したようですが、会社でも競馬でも成功しているように見える椎名善弘氏も、自分の弱さを抱えるワンシーンがあったのです。小説やドラマでは分かりませんが、椎名氏は山王耕造よりも多くの裏切りや孤独を経験しているのかもしれません。
お互いが歩み寄れる存在だった

そんな対照的でわかり合えないライバルのような二人ですが、椎名氏は山王耕造のことを常に気に掛けていたことが後に分かります。椎名善弘にとって山王耕造はある意味憧れのような存在だったのかもしれないですが、椎名氏もまた不器用に歩み寄ることは出来なかったように思えます。
2人の成功者と思われる人間が争っているようで、実は手を取り合える存在だったとも言えます。そしてそんな2人が分かり合い、想いを表したのがお互いの息子を蹴散らした有馬記念だったのかもしれません。そしてお互いにライバルと思われていた2人の息子も実はお互いの父親の背中を追っていたことが分かります。
ザ・ロイヤルファミリーから思うこと

親は簡単に超えられない
優しくも見栄っ張りで繊細で、でも人を信じたい山王耕造と、勝ちを多く経験しながらも、上手くいかない人生を送った椎名善弘。成功しながらも弱くてダサい部分も多い2人の父親。しかしそんな父親の想いや馬に完敗した2人の息子。
実はどんなに弱くても、ダサくても、2人とも自分の信念や想いを抱えて精一杯に生きて実績を残してきた人間です。例え中条耕一に天才的な相馬眼があっても、椎名展之に新しい時代を超えたいという想いがあっても、そう簡単に超えられないぞ!という事を「父」の存在が示したのではないかと思います。
私自身も父も母も生活のために好きでもない仕事を我慢して、ダサいなと子どもながらに思っていました。しかし自分も父親となり、生活に追われるようになり、仕事で我慢することも多い人生を送ったとき、「ダサいな」が「すごいな」に変わっていきました。
家庭を持ち子どもを育てるって想像以上に大変だし、仕事を頑張るってやっぱりとても労力を使うんですよね。そして毎日お金に困りながらも子どもに不自由させずに育ててきた親の偉大さが身に染みて分かりました。
親子関係だけでなく、全ての人に対し、その一部分だけを見てると分からないものというものが存在します。うだつが上がらない、仕事が出来ない。そんな一部分だけで人を評価すると、意外な才能に足元をすくわれることもあるのかもしれませんね。
数字や実績、格で人は決まらない
ザ・ロイヤルファミリーではそれぞれの人物が馬の適正や素質を見るのですが、その判断材料はみんな違っています。ここでまとめてみようと思います。
| 人物 | タイプ |
|---|---|
| 山王耕造 | 馬ではなく人に賭け投資するタイプ。数字よりかは想いや人柄で決める。 |
| 椎名善弘 | 人にも馬にも、実績や数字を最重要視 |
| 中条耕一 | 母から受け継いだ天性の相馬眼で馬を決める。 |
このように人によって判断材料は違いましたが、結果から見ると最後にどの馬を起用し、どのジョッキーを乗せるかは確実なことは存在しないということです。というか、そんな確実な法則があったら競馬自体成り立たないかもしれませんが。
山王耕造のようにどこの血統の馬かも分からず、脚の曲がった馬でさえも人が「こいつは勝てる」と信じて薦めてきたら買う。そこに確実な根拠も無い。しかし、椎名善弘の完璧な分析と周到な用意をそんな馬が粉砕した場面も多くあります。
そして中条耕一は天才的な馬を見る力がありましたが、それでも「常勝」とは呼べず、自分の想いが先立って人を軽視してしまうという欠点も見られました。
このように見るに、血統や数字などを見ても、馬の本当の適性など最終的には誰にも分からないということです。そしてそれは全く人においても当てはめることが出来ます。家柄、学歴、実績、そういったものを持っている人間はアドバンテージがあると思いがちですが、仕事などにおいて必ずしもその人間の価値を決めるものとはなりません。
そういったものがあっても仕事が出来ない人も多いし、その仕事の適性があるとは限りません。逆に家が貧しくても、中卒でも、実績がなくても想いの強さや努力がこういった人たちよりもはるかに活躍していく瞬間を私も多く見ています。
山王耕造も椎名善弘も派遣会社を経営しているという点で派遣について触れると、「派遣」と「社員」で明確に差別の対象にされやすいです。しかしながら、社員であるから必ずしも利益を運んでくる人とは限らず、社員であっても使えない人間はたくさんいます。逆に派遣で社員よりも待遇が悪いにも関わらず、確実に成果を出す人間もいます。
時代の時事に派遣会社という設定にしたのか、そのような伏線で派遣という会社の経営者という設定にしたのか作者の早見和真氏の意図は分かりかねますが、「人」を使うのも、「馬」を使うのも似た意味があるという意図があるのかもしれません。
裏側では多くの人のドラマが動いている
私は競馬は詳しくないので、競馬を「公営ギャンブル」くらいにしか思っていませんでした。そして華々しい活躍の裏で活躍できなかった馬の多くは安楽死などの処分を受けていく、私からすれば名前をもらい一時的に喝采を浴びる牛や豚と同じ家畜に過ぎないと思っています。
しかしそんな世界だからこそ、自分が育てたり選んだりした馬を必死で勝たせて幸福な一生を、そして血脈を繋ぎたいと必死で戦っている馬の関係者がいるということに改めて気付かされました。もちろん自分が手塩にかけて育てた馬を馬肉や馬革にしたい人はいないでしょう。
人馬一体となって命を賭けている、そんな人たちの仕事と人生を垣間見る話なのだと思います。もちろん競馬界だけでなく、多くの人のドラマを乗せてあらゆるものがこの世界に存在しています。
一粒の米にも、一台の車にも、座っている椅子にさえも、生産者や部品、そして作っていく過程で多くの人たちの労力と苦労があります。そんな世界に私たちも生きているのだと、改めて実感できる話なのかもしれません。
栗須栄二はどんな存在だったのか?

私がずっとこの小説を読んでいて気になったのは、「栗須栄二」という存在が物語の語り役として存在していたことです。この栗須栄二が物語を語る上で、実はとても重要な存在だったのではないかと考察しています。
山王耕造と栗須栄二
山王耕造と栗須栄二は物語では終止秘書とその上司という関係ですが、私はこの2人の関係は精神的な親子関係にあったのではないかと思います。
「親父が死んで立ち直れなくなるような若い人間、俺は嫌いじゃないからよ」
そのように言ってくれて拾ってくれた山王耕造は少なくとも栗須栄二にとって父のような存在であったし、小説でもそのように話しています。しかしながら、山王耕造は栗須栄二を息子のようだと思っている節の言葉やシーンは見つかっていません。
しかし、裏切りを誰より傷つき、恐れる山王耕造にとって、「絶対に裏切らない」という栗須栄二は絶対的な信用を寄せる人物だったと言えるでしょう。実の息子である優太朗にも、中条耕一にもそこまでの本音で話せることはあったでしょうか?
実の息子以上に山王耕造の「想い」を継承し、その先を見守ってきた栗須栄二は山王耕造にとって息子のような存在だったのではと感じます。
「ザ・ロイヤルファミリー」としての中央を担っているのは栗須栄二
私は栗須栄二は極めて「中立的」な立場に物語に立っているように感じます。というのも、多くの人間が山王耕造の血統を受け継いでいくなかで、栗須栄二は唯一誰との血統も継いでいないのです。
山王耕造には優太朗と中条耕一という二人の息子がいます。そして娘の百合子がいます。百合子は後にジョッキーの佐木隆二郎と結婚し、花菜と耕太朗を生みます。つまり、山王耕造の血脈は隆二郎と混ざり続いていくのです。
ロイヤルホープはロイヤルファミリーの父親です。このロイヤルホープはノザキファームで育てられました。ロイヤルホープは野崎加奈子とその息子の野崎翔平の意思と血筋を象徴しています。
そしてロイヤルハピネスはロイヤルファミリーの母親です。初めて「ロイヤル」の冠を背負った最初の馬であり、活躍した馬です。そしてこのロイヤルハピネスは中条耕一の母親である中条美紀子が選んだ馬であり、山王耕造と中条耕一の意思と血筋を象徴しています。
このように「馬」は、山王家と野崎家は深い血統の繋がりがあります。一方でジョッキーの佐木家と山王家は「人」として受け継がれていく意思と血があります。
一方の栗須栄二には誰の血も継いでいるわけではありません。野崎加奈子と結婚し、親族関係にはなりますが、翔平とも義理の息子であり、血のつながりはありません。
しかしながら馬と人で脈々で受け継がれていくであろう1つの家系図を大きく繋いでいるのは他でもない栗須栄二という存在です。そして血縁こそなけれども、山王耕造の意思を最も強く受け継いでいるのは栗須栄二ではないでしょうか?
ザ・ロイヤルファミリーとは馬の名前?
ところでタイトルにもある「ザ・ロイヤルファミリー」とは一体どういう意味だったのでしょうか?ロイヤルホープの子どもである馬の「ロイヤルファミリー」の活躍や、山王耕造から中条耕一に継承された馬としてこのタイトルが起用されたのかな、と思いがちですがそうとも言えないと感じています。
というのも、小説の中では唯一「ザ・ロイヤルファミリー」という言葉が一度だけ出てきます。山王耕造がパドックを見に行こうと家族を引き連れて歩いているとき。
「ザ・ロイヤルファミリーって感じだな」
家族を見た部外者がそう口にしていました。私にはここにこそ「ザ・ロイヤルファミリー」のタイトル回収な気がしているのです。つまりザ・ロイヤルファミリーとは、馬ではなく、ロイヤルの名を持つ馬を取り囲む全ての人たちとその生き様を差していると感じています。
この時のシーンは山王耕造の家族、妻と娘と息子の4人でしたが、もっと広い概念で見ると栗須栄二や調教師の広中博などを含む登場人物の多くがこの「ザ・ロイヤルファミリー」の一員だと思っています。
人も「処分」されやすい時代になった
最後に「ザ・ロイヤルファミリー」についてまだまだたくさんの伏線や考察が隠れているかもしれませんし、私と全く違う意見や答えを導き出す方もいるかもしれません。本当の作者の意図や答えは分かりませんが、自由に想いをめぐらせてみるのも面白いかもしれませんね。
どちらにしてもドラマでも小説でも自分の愛馬を必死で応援するあの瞬間というのは緊張ですし、感動の瞬間でもあります。しかし、こうやってたくさんの考察を出してみて最後に感じたことは、決して一粒の涙や感動ではなく、1つの恐怖心でした。
それは「馬」だけではなく、「人」も処分されやすい時代になった。この時代の人間も少しずつ競馬寄りの考え方になってきたなと感じています。というのも、先ほども山王耕造と椎名善弘の経営する会社が人材派遣会社であること、そして2000年代から移り変わって増加していく派遣社員の実態を小説では語られています。
2人の会社が繁栄して、成功していく、その光が強く射すほど、影もまた強くなります。つまり派遣社員の増加は時代の情勢によって「クビにしやすい社員」を作り、また現存の社員を「クビにしたい」ことを示唆しているとも思える、そのくらい派遣法と企業の意図について丁寧に語られています。
今までは安泰だと安心しきっている人間達が、今度は馬のように結果を残せなければ切り捨てられる、そんな時代もある意味揶揄されている話なのではないかと思うのは考えすぎでしょうか?もちろん馬のように殺されることはないでしょう。しかし、結果が残せなくて採算が取れなくても「愛玩人間」として飼ってくれるほど会社も甘くはなくなったということです。
だからこそ私たちも社会という競走馬であるということ、雇用形態や役職、職種に関わらず「結果」を求めて必死に走る必要があるのだと感じました。日本という牧場が地方農場のような縮小を繰り返していく中で何が出来るのか?誰かではなく考える馬である私たちが行動していかなければいけないのではないでしょうか?
原作とドラマの違い
最後に小説とドラマの違いを簡単にまとめておきます。細かい違いはいくつかありますがざっくりと大きく違うのはこの部分です。違っている部分などがあれば教えて頂けると幸いです。
| 小説 | ドラマ |
|---|---|
| 大学生の同級生の大竹雄一郎を通して山王耕造と出会う | ロイヤルヒューマンの競馬事業部の実態を依頼されて仕事して山王耕造に出会う |
| 野崎加奈子から突然に電話が掛かってロイヤルホープを山王耕造に託したいという連絡から再開を果たす | コンビニで唐突に出会う |
| 佐木隆二郎は広中氏の推薦でロイヤルホープに乗る。 | 同僚と喧嘩して中央を諦め地方の競馬場でジョッキーをやっていて、栗須栄二が説得してロイヤルホープに乗る |
| 中条耕一との絶縁は中条美紀子を通じて伝えられる | 中条美紀子の葬式で中条耕一から直接絶縁を伝えられる |
最後までお読みくださりありがとうございました。





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