伊丹十三監督の映画「お葬式」。ラブシーンとブランコにはどんな意味があったのかを考察

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葬式でパンツを脱ぐ不倫ラブシーンが衝撃的な映画

今回は伊丹十三監督の映画「お葬式」を見た感想です。「お葬式」は1984年に公開された映画で当初は不謹慎なタイトルからメジャー映画は配給を断ったにも関わらず、予想を超えて大ヒットした伊丹監督のデビュー作でした。

何と言っても特徴的なのは、お葬式という人の死を題材にしているにも関わらず、人々の様子をコミカルに描いている点にあります。そして多くの視聴者にインパクトを与えたのが山崎努さんと高瀬春奈さんが演じたラブシーンだと思います。

まさかのお葬式中に男女の不倫と情事のシーンをぶっこんでいくという、衝撃シーンですが、伊丹十三監督はなぜそのような描写を入れたのかなどを考察していこうと思います。

金と死と性、3つのタブーがお葬式に存在する異常さ

「ご愁傷様です」

そんな言葉と共に遺族は涙を流し、参列者は重々しく葬儀に参加し故人を偲ぶ。そんなイメージが強いお葬式をぶっ壊したのがこの映画なのですが、果たしてリアルな世界のお葬式も厳かに執り行われているのかというと、実際はそうではないと思います。

人の死にこそ、生きている人々の本当の欲望や本性というのが隠されているのではないでしょうか?昔から権威のある皇帝や大名が死ぬとそこに乗じて反乱や家督争いが起きたりします。そして現代でも葬儀になるとそこで遺産の話で揉めたりなどはよく聞く話でしょう。

まさに映画お葬式ではそういった人々の真実の部分を描写している映画でしょう。突然の葬儀に戸惑い、葬儀の相場も分からずお布施や葬儀代など「金」の部分で四苦八苦する夫婦。そして不倫相手と白昼堂々行為に及ぶ「性」の描写。

金と性とそして死。この3つのタブーを恐れることなく、でも真実の姿として晒して見せたのがこの映画の大きな特徴だと言えるでしょう。

山崎努と高瀬春奈の渾身のラブシーン。ブランコの意味は?

作中で一番印象的で意味深に感じられるのが、山崎努(侘助役)と良子(高瀬春奈役)のラブシーンでしょう。当時の時代的に「性」の描写が多少寛容だと言っても、お葬式のシーンで堂々と行為に及ぶシーンは衝撃的だったと言えるでしょう。

そもそもなぜこのような描写をしたのかと言うと、前述のように「性」というタブーを盛り込んだこともあるでしょう。そして性に対する欲望というのが、死と対極的に存在していることにあるからではないかと思います。なぜなら性の交わりは新たな命の誕生を象徴するからです。

とは言え映画の中で描かれているのは不貞の交わりなわけですから、それでも不謹慎極まりないことに変わりはありません。死んでいく者とは裏腹に生きている者は様々な事情を抱えながら生きていく、ということなのかもしれませんね。

ちなみに夫の侘助の浮気を妻の千鶴子は気付いていると思わせるシーンがあります。千鶴子は丸太のブランコに乗り左右に揺れているシーンがありましたが、あれは行為中の侘助の動きと重なり(敢えて言いませんが)千鶴子は不機嫌そうな顔をしています。

しかしながら千鶴子はその後も侘助に不倫の事を尋ねることもなく、手を繋いでエンドを迎えます。千鶴子と侘助は今後どのような展開を迎えていくのか?それは知らされずに終わります。お葬式という神聖なイベントにおいて、たくさんの秘め事を私たちは垣間見たのかもしれませんね。

見える化が進む現代の葬式。昭和のお葬式の貴重な記憶

このように映画を見ていくと、若者にとっては昭和のお葬式が奇妙に思えるかもしれません。現代では葬儀社に頼んで葬儀の事は全てお任せというのも多くなりましたし、近親者だけで執り行われることも多くなりました。

そして定額プランのお葬式など、何にいくらかかっているかわからないということに比べて葬式代は明朗会計となりました。現代のお葬式は「見える化」が進み、簡素化され余計なものを一切排除したものになりつつあります。

これはお歳暮やら年賀状と同じで会社や親戚と余計な付き合いを省こうという現代社会の日本人の意向の表れでもあるように感じます。結局お葬式は何のために執り行われているのかというと、生きている者たちの都合なんですよね。決して死者のためではないのです。

もちろん金銭的な問題やそれぞれの事情が絡み合うのは仕方ないですが、少なくとも故人のために金銭惜しまず呼べる人を全て呼んで盛大に、というのは遺族達側の意向でやることは少ないのではないでしょうか?そういった意味では映画のお葬式は、当時の世相を表す貴重なフィルムと言えるかもしれません。

さいごに

お葬式という極めて神聖な儀式にたくさんの人間の欲望とリアル、そして弱さを詰め込んだ映画「お葬式」。でもそれを決してネガティブに捉えることなくさりげなく笑いに変えることで、「人間ってそんなもんだよね!」ってことを伝えたかったのかもしれません。

人の死も、自分の死も、欲望に勝てない事も、四苦八苦して何も分からないことも、そういう自分を、そして起こり得るたくさんの困難もさりげなく笑いに変えなさいな。そんなメッセージを伊丹十三監督は発しているように感じます。

あれから40年経ち、年齢や立場が変わった今、深く見ることで新たな発見があるかもしれません。

映画「お葬式」はどこで見られる?

映画「お葬式は」現在配信が確認されておらず、ツタヤでDVDを借りることが確実な視聴方法です。近くの店舗などで「伊丹十三作品」などのコーナーがあればそこにある可能性があるので探してみてください。

ツタヤの商品在庫検索を使用すればどこの店舗に在庫があるか確認できます。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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