ある少女にまつわる殺人の告白の考察(ネタバレあり)。衝撃のラストとインタビュアーは誰だったのか?

※当記事は小説、「ある少女にまつわる殺人の告白の考察」のネタバレを含んでいます

目次

ある少女にまつわる殺人の告白の感想

今回は佐藤青南さんによる「ある少女にまつわる殺人の告白」という小説についてです。この小説は第九回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞をとった佐藤青南さんのデビュー作です。

この小説の特徴的なところは、インタビュアーが誰かを全く示さずに、そしてインタビュアーは一言も発することもなく、インタビューの人たちがひたすら話をしていきます。

そして事件の全容がいきなり語られることもなく、タイトルから「何か殺人が起きた」というぼんやりとした空想のヒントから探っていきます。そして「長峰亜紀」という少女が出た瞬間、「この少女が関わっているのか」「この少女が死んだのか」などいろいろな想像を巡らせることになります。

しかし話が進んでいくごとに少しずつ真実が明らかになり、「殺人の告白」の真相が見えてきます。しかしそこに見えてきたのは誰にとってもモヤモヤする、そしてゾッとするような終わり方でした。

まるで暗がりの中のお化け屋敷を進み、明かりが見えてきたのに、明かりを抜けたらまだお化け屋敷の中だったような衝撃でしたね。そんな衝撃作でもある「ある少女にまつわる殺人の告白」は何を語り、何を私たちに問いかけているのか、何を学べるのか見ていきましょう。

この小説から学んだこと

虐待の不幸は連鎖する

この小説から大きく学べることは、「虐待は連鎖する」ということです。よく虐待を受けた子どもが親となり、自分の子に虐待をしてしまうというケースを耳にすると思います。もちろん全ての虐待を受けた子どもが虐待をする親になるとは限りません。

しかし、そうした歪んだ家庭で育った子どもが歪んだ子育てや関係構築しか出来なくなるというケースもとても多いのも事実です。自分が虐待を受けて苦しんだにも関わらず、自分が子どもを虐待しそうになって苦しんでいるという当事者の話も漫画などでたびたび目にするのです。

以前私は「子宮に沈める」という映画について考察を書きましたが、この映画のモデルとなった大阪2児餓死事件でも、ネグレクトを受けた母親が自分の子をネグレクトによって50日も放置して餓死させたという事件でした。このように虐待の連鎖によって起こる事件はたびたび起こっています。

亜紀の義父となった杉本もまさにそんな虐待の連鎖によって生まれた人間でした。

大人達の都合

そしてこうした虐待の不幸の連鎖の背景には大人達が身勝手に作りだした都合というものが存在しています。

杉本の母親、そして杉本と一緒になった亜紀の母親の君枝は共通して離婚を経験し、「子どもには父親が必要としている」という焦りからこうした暴力男と一緒になったという傾向があります。よくバカな女がバカな男と一緒になると言いますが何なんでしょうね、これ。

しかしながら杉本の母親は杉本が父親に暴力を振るわれていても暴力を恐れて黙っていました。母親が子どもへの虐待を黙認していたということです。結果杉本は父の死後母に暴力を振るうようになり、何かと言うと暴力で相手を抑えつける人間へと変わってしまいました。

そしてまさに君枝もそんなバカな男に惚れてしまうタイプだったようです。君枝には何とか子どもを守りたいと思い杉本から逃げる場面もあったようですが、執拗に追い回されその都度の折檻によって逃げることを諦めてしまいます。

しまいには亜紀も地獄へ引きずり込もうと考え、手を差し伸べてくれた児童相談所の隈部所長も欺き杉本のところへ帰っていきました。大人達が誰に惚れて、どんだけバカでも勝手なのですが、子ども達からすると、

「知らんがな」

その一言に尽きるのではないでしょうか?親として子を愛し、危険があれば命を賭して子どもを守る。それが親の役目でしょう。「父親が必要だから」「暴力が怖いから」そんなものは大人達の勝手な都合でしかないわけですよ。

子どもは環境を選べない。そして親を選べないんですよ。「親ガチャ」なんて言うけど、これに関してはまさにその通りで、子どもは親の選んだ環境に依存するしかないわけです。こうして親たちが作りだした「地獄」に身を置いた亜紀は虐待と冷酷さを受け継ぐモンスターになってしまったのかもしれません。

子ども達を救うための社会の仕組みの脆さや未熟さ

とはいえ、こうした地獄から抜け出すことは簡単ではなく、第三者や行政の手を借りることが最善でしょう。しかしその行政や国の仕組みがこうした家庭をなかなか救えないというのが日本の現状とも言えるでしょう。

現在は警察もこうした事案に介入できるようになりましたが、昔は民事不介入という考え方が根強く、DV問題は取り合ってくれませんでした。亜紀の幼少期の2000年代もまさにそんな時期で、警察はあてになりませんでした。

そして児童相談所もこうした子どもの虐待を受けても直ちに対処することは難しかったようです。小説でも出てくる「児童虐待の防止等に関する法律」というものは、児童相談所の権限で、保護者の同意を得ることなく強制的に子どもを保護することができるというもの。

しかしこうした強い権限を時に執行できるからこそ、児童相談所は慎重な対応をしなければならないと述べてもいます。虐待のない家庭に安易に踏み込めば、その家庭を傷つけ、混乱させ、近所の目などに晒され、かえってその家庭を壊すことになるかもしれない。

そんなリスクからも強制的に子どもを一時保護するという権限を発動することは稀のようです。さらに特筆すべきは、児相の職員は一般行政職として採用された地方公務員がほとんどであるということです。

地方公務員は癒着を防ぐために異動が頻繁なのはご存じの通りですが、昨日までのんびりと役所の裏方で9時5時で帰宅していた職員が辞令1つで児童相談員にされることもあるという現実です。

児童福祉に興味のない、ただなんとなく定時でのほほんと帰宅したい職員が朝も夜もいとわない現場で休みなく働き、親に恫喝される危険な仕事をしなければならない。そうした職員にとってはたまらない、地獄のような環境でしょう。

当然また2年3年で異動になるため、本気で親や子どもと向き合って対処しようとする職員やその道のエキスパートになる職員も少ないということです。そこに重なるように児相の職員の不足というのが過酷さに拍車をかけています。

こうした問題が日本の児童虐待問題の解決を遠ざけていると言えます。

亜紀はいつからモンスターに変わったのか?

亜紀は君枝の容姿を受け継ぎ、素直で周りを引きつける魅力さえも相手を支配するための武器として使いました。明日香や折江君そして隈部所長。そして生まれつきなのか、杉本との生活のせいなのか、人を支配して操るという冷酷さを学んでいきました。

みんながどれだけ自分を慕って、どれだけ同情して、そして彼女への想いを抱いた彼らがどんな行動を取るのか亜紀には想像が出来たのかもしれません。そして彼女を幸せにしたいと人生を賭して行った彼らの行動に対して最初から亜紀は報いるつもりなどなく、無残に切り捨てていったのでした。

あれだけ亜紀の幸せを願い、救い出そうと尽力した隈部所長も最後に「あまり好きではなかった」と発言しています。

折江君が出所後の杉本をホームから突き落とし服役しても、いつか一緒になるという彼の想いなど踏みにじるかのように彼を切り捨て、明日香がどれだけ自分を崇拝しているのかを知ったうえで、いじめをしている上司の名前を敢えてだしたのだろうと思います。

彼女にとって全ての存在は自分にとって都合良く行動する「駒」に過ぎなかったのかもしれません。

亜紀の性格は生まれつきか?それとも・・

亜紀はそもそも最初からそのような人物だったのだろうか?それとも杉本や君枝によって地獄にたたき落とされ、性格が変わってしまったのだろうか?一体どちらなのでしょうか?少なくとも亜紀は「虐待」や「救えない社会」、「大人達の勝手な都合」によってそうなったと信じたいのです。

もちろんただのミステリー小説であれば、「実は亜紀が一番救えないサイコパス」だった、という終わり方でも良いのかもしれません。しかしもしそうであったなら、今までの児童虐待問題や児童相談員の限界、児童福祉問題などの課題の話は必要だったのでしょうか?

確かに生まれつきのサイコパスという人間は存在すると思っています。しかし、大人達の勝手な都合や子ども達を救えない現代社会の課題が、こうしたモンスターを作りだしてしまうという事実の方がほとんどだと思います。

救えたはずの命と心の傷がまた新たな犯罪を生み出してしまう。そういったことを我々に投げかけているのではないでしょうか?

ラストとインタビュアーだった男は亜紀の事実を知りどうするのか?

小説の最後は実はインタビュアーは精神科医の男性で、実は亜紀と結婚していたことが明らかになります。そして前妻の息子、一真と一緒に暮らしている男性だと判明します。

亜紀の夫となったインタビュアーだった男性は恐らく亜紀に預けた息子の一真の異変や亜紀の様子から何かがおかしいと感じ、多くの人から真実を聞き出したのだと思います。

亜紀が仔猫を殺した、そして香穂を殺した事実、そして自分の手を汚さず多くの殺人や殺人未遂を実行させたこと。そして過去の体験から一真を虐待しているという事実を確定へと変え、子どもと自身の身の危険を再認識したのだと思います。

そして全てを聞いて亜紀の元へ戻り、亜紀の話を聞いたときインタビュアーの夫はどんな行動を取るのでしょうか?何を語るのでしょうか?精神科医として、そして一人の子どもの夫として。

彼に求められるのは今度こそ虐待の連鎖を止めること。しかし最後の最後で突きつけられたこの真実は決して「彼」だけの問題ではなく、読み手である私たち全てへの問いなのです。救い出せなかった亜紀を虐待の加害者として世に放り出した社会と、大人達の責任を問われているのではないでしょうか?

杉本も君枝も、折江君も明日香も隈部所長も、そして亜紀も全てが加害者であり、被害者でもある。一方向だけを見て誰が悪い、誰が可哀想だ、そんな結論ではきっと世の中は変わっていかない、大事なことは考え、行動していくことだ。私はきっとそう思っています。

インタビュアーは誰でもなく「私たち」でもあるということ、そしてその答えをこれからも考えていきましょう。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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